■Review
細胞極性の位置情報としてのWntシグナル
澤 斉
細胞の多くの機能は非対称な構造,つまり,極性に依存している.また,細胞が非対称に分裂し異なる娘細胞をつくる際にも,細胞は極性をもち,運命決定因子を娘細胞のあいだで非対称に分配する.細胞極性には,細胞のどちら側に分子や構造を局在・配置させるか,つまり,位置情報が必要である.さまざまな生物種で,Wntシグナル伝達経路は細胞極性を制御していることが報告されている.しかし多くの場合,Wnt分子自身は極性化には必要だが,位置情報には関与しないと考えられてきた.筆者らは,線虫C.
elegansにおいて,Wnt分子が極性の位置情報を制御していることを発見した.Wntシグナルと細胞極性化について,これまでの知見を紹介する.
Key words:Wnt 細胞極性 非対称分裂 位置情報
Wnt as positional information for cell polarization
ニッチにおける幹細胞の非対称分裂のメカニズム
山下由起子
多くの組織において,幹細胞は非対称に分裂することにより幹細胞と分化細胞の数的バランスを保ち,組織の恒常性を維持している.幹細胞は,幹細胞ニッチという微小環境内でそのアイデンティティを維持しており,ニッチと非対称分裂の関係は幹細胞の振る舞いを理解するうえで欠かせない.幹細胞における非対称分裂の理解は,幹細胞の臨床応用という観点からも意義深い.近年,幹細胞の非対称分裂の分子生物学的・細胞生物学的レベルでの理解が急速に進んでおり,本稿ではそれらの進展について概説する.
Key words:幹細胞 非対称分裂 幹細胞ニッチ
Cellular mechanisms of asymmetric stem cell divisions in the stem cell
niche
ジベレリンの核内受容体の単離とシグナル伝達
上口(田中)美弥子・芦苅基行・中嶋正敏・松岡 信
植物ホルモンであるジベレリンの受容体の正体は,長いあいだ謎であった.最近,イネの極矮性ジベレリン非感受性変異体gid1の原因遺伝子が,ジベレリンの核内受容体をコードしていることがわかった.興味深いことに,GID1は酵素であるリパーゼと類似の構造をもっていた.しかし,リパーゼ活性は検出できず,代わりにジベレリンと特異的に結合した.ジベレリンと結合した受容体は,ジベレリンシグナル伝達の抑制因子であるDELLA蛋白質と直接結合し,それを分解に導くことがわかった.
Key words:ジベレリン 核内受容体 GID1 非感受性矮性変異体 DELLA蛋白質
gid1 encodes a soluble receptor for gibberellin
■Short Review
トランストランスレーション
2本のRNAから1本のペプチドを合成する仕組み
姫野俵太・武藤 c
トランストランスレーションとは,tmRNAとよばれる低分子RNAが,情報分子mRNAと情報を読みとる分子tRNAの両方の機能を果たすことにより,mRNAから翻訳を引き継ぎ,結果として,2本のRNAから1本のキメラペプチドを合成する変則的な翻訳システムである.これにより,なんらかの原因で滞ってしまった翻訳は解消され,そこから生じる異常蛋白質に分解の目印を与える.リボソーム上において,通常のtRNAとmRNAがトランスにはたらいている状態から,アンチコドンをもたないtRNAとmRNAのキメラ分子に,どのように翻訳を受け渡しているのであろうか?
Key words:tmRNA トランストランスレーション リボソーム 変則的翻訳
trans-Translation
精神疾患はスパインの病気?
内匠 透
最近の神経科学の進歩により,“神経疾患は細胞体の異常,精神疾患はスパインの異常”という仮説をたてることが可能になってきた.筆者らは,統合失調症の薬理学的モデルマウスを用いて,RNA結合蛋白質TLSを同定した.TLSはニューロンの樹状突起およびスパインに存在し,グルタミン酸シグナル依存的に樹状突起からスパインに移行する.また,このスパインへの移行にはアクチン系のモーター蛋白質であるミオシンVが関与し,そこには酵母の非対称分裂と同様のメカニズムがはたらいている.一方,TLSの標的RNAとして,アクチン安定化蛋白質であるNd-1LをコードするmRNAを同定した.Nd-1Lはスパインの形態維持に必要であり,TLSはNd1-L
mRNAをスパインに輸送することでスパインの形態維持に関与していると示唆される.
Key words:精神疾患 RNA RNA結合蛋白質 スパイン グルタミン酸
The biological anomalies of mental diseases are located in spines?
ボツリヌス毒素の機能とそのサブユニット構造
大山 徹
ボツリヌス菌によって産生される強力な神経毒素は,4種類の無毒成分蛋白質と結合して大きな分子量の毒素複合体を形成している.無毒成分は,神経毒素を胃や腸の消化液などから保護し,腸管から効果的に吸収させて標的の神経細胞に送達する役割を果たしている.筆者らは,個々のサブユニットが複合体へと会合する経路と,各サブユニットの立体的配置を提唱した.また最近,電子顕微鏡によりボツリヌスD型毒素複合体の特異な姿をはじめてとらえた.
Key words:ボツリヌス毒素 サブユニット構造 電子顕微鏡解析 薬物送達システム
Function and subunit structure of botulinum toxin
食べるワクチン米を用いたアレルギーや感染症の治療戦略
高木英典・高岩文雄
ご飯を食べることで,感染症やアレルギーなどの病気を予防したり治療を可能にしたりする“食べるワクチン”の実用化開発が現実味をおびつつある.こうした背景には,抗原成分を可食部に高度に蓄積させる技術が開発され,組換え米の感染症やアレルギーに対する有効性が実証されてきたからにほかならない.加えて,食品としての安全性や環境への影響を検証する試験も,現在,精力的に進めてられている.本稿では,経済性に優れ,食事を通じて病気を予防・治療できるなどの多くの利点をもつ“食べるワクチン米”について,その可能性と課題を考察する.
Key words:アレルギー 花粉症緩和米 コレラワクチン 粘膜免疫 食べるワクチン
Curative strategy against allergic and infection diseases using rice-based
edible vaccine
■シリーズ 幹細胞技術の現状と展望
マウス線維芽細胞から誘導多能性幹細胞をつくる
山中伸弥・高橋和利
マウス線維芽細胞に,OCT3/4,SOX2,c-MYC,および,KLF4の4つの転写因子をレトロウイルスで導入することにより,胚性幹細胞に類似した多能性幹細胞を樹立することに成功した.ヒトでも同じ現象が起こるかどうかは不明であり,レトロウイルスや原癌遺伝子を利用することから安全面での課題も多い.しかし,患者と同じ遺伝情報をもった多能性幹細胞を作製して,拒絶反応のない細胞移植療法を実現できる可能性が示された.
Key words:分化多能性 初期化 再プログラム化 転写因子
Induction of pluripotent stem cells from mouse fibroblast cultures
■ゲノム情報
ミツバチゲノムの解読
社会性行動や認知をささえる遺伝子基盤解明へのマイルストーン
門脇辰彦
動物の社会性行動や認知能力を担う遺伝子の同定,および,その産物による神経系の構造と機能の制御機構の解明は,脳科学の主要な目標のひとつである.最近,ヒトに匹敵する社会性行動を示し,また,脊椎動物と同等な高い認知能力をもつミツバチのゲノム解読の結果が発表された.それにより,ミツバチとそのほかの昆虫,および,ヒトを代表とする脊椎動物との比較ゲノム解析が可能となり,動物の社会性行動と認知能力をささえる遺伝子基盤の解明,また,農業生産と地球環境に多大な影響を及ぼす受粉動物としてのミツバチの機能の解明と向上の手がかりが得られた.
Key words:ミツバチ 社会性行動 認知 受粉動物 比較ゲノム解析
The milestone toward understanding the genetic bases of social behavior
and cognition:completion of honey bee genome project
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