多電子系の超高速光誘起相転移
―光で見る・操る・強相関電子系の世界―
こうした先端極短パルスレーザーを用いた多くの研究対象の中で、強相関電子系固体は、光誘起絶縁体-金属転移や磁気転移など巨視的な変化を示す、という特徴を持っている。およそ1023個に及ぶ、互いに相互作用しあっている膨大な数の電子が、周期1-数フェムト秒周期の電場や磁場によってダイナミックに躍動する世界はこの物質系に特有なものであり、光スイッチとしての応用と、多体系の非平衡ダイナミクスの基礎研究の両面から注目されている。そこにはどんなからくりが隠されているのだろうか。本書は、このような強相関電子系の光誘起相転移の研究を、この10年間に筆者らのグループで行われた結果を中心にまとめたものである。
まず光誘起相転移や強相関電子系の物性を理解するために必要な基本概念として、相転移の臨界現象と不均一性(第2章)、強相関電子系と絶縁体-金属転移(第3章)、固体の光励起状態(第4章)に関する説明を行う。その後、5、6章(電荷秩序型有機絶縁体における光誘起絶縁体-金属転移、ダイマーモット絶縁体における光誘起相転移)、7章(光誘起相転移の初期過程)、8章(瞬時強電場が拓く固体のコヒーレント極端非平衡)では、ここ10年に行われてきた光誘起相転移に関する研究の展開のなかで、筆者らの研究グループで行ったものを中心にまとめた。5、 6章と8章では随分と趣が異なることを感じられる読者も多いだろう、すなわち、5、 6章では、2章で述べる協力性や臨界性、あるいは相境界の不安定性などの相転移の熱力学的な概念が主役を演じているのに対し、8章では、4章で述べる、光や光によって直接物質内に作られる励起状態のコヒーレンスがより重要な役割を果たしている。これは、光誘起相転移という現象が、光を単なる”ゆらぎ”を与えるエネルギー源として利用したものから、光の電場によって物質内の電子を直接操作する、より制御性の高いものに変わりつつあることを示している。7章は、その過渡期における研究であり、それらの橋渡しと理解していただきたい。
1.1 はじめに
1.2 光化学反応とアルカリハライドの色中心
1.3 強相関電子系と光誘起相転移
1.4 もう1つの強相関電子系;有機電荷移動錯体(有機伝導体)
1.5 近赤外単一サイクルパルス光の作り方
1.6 ~単一サイクル赤外光が拓く超高速光物性の新しい展開
第2章 臨界現象と不均一性
2.1 対称性の破れ
2.2 臨界指数
2.3 動的臨界現象(臨界緩和)
2.4 不均一性と核生成
2.5 熱的相転移と光誘起相転移
第3章 強相関電子系と金属 ― 絶縁体転移
3.1 ハバードモデル
3.1.1 強束縛近似
3.1.2 多電子波動関数と電子間相互作用
3.1.3 第二量子化と占有数演算子
3.1.4 ハバードモデル
3.2 モット絶縁体と電荷秩序絶縁体
3.3 電荷秩序と電子強誘電性
3.4 価数制御とバンド幅制御
3.5 3/4フィリング有機伝導体(ET)2X
第4章 光励起状態
4.1 電子を光励起する
4.2 固体の励起状態;励起子と自由電子正孔対
4.3 強束縛モデルにおける光励起状態;パイエルスの位相
4.4 強相関電子系の光励起状態
第5章 電荷秩序型有機伝導体における光誘起絶縁体 ― 金属転移
5.1 電荷秩序の超高速光融解
5.1.1 ポンププローブ過渡反射測定
5.1.2 定常反射率と光学伝導度
5.1.3 第二高調波発生とテラヘルツ光発生
5.1.4 過渡反射スペクトル
5.2 電荷秩序の回復
5.3 光誘起相転移の動的臨界現象
第6章 ダイマーモット型絶縁体における光誘起相転移
6.1 ダイマー内格子変位による光誘起絶縁体|金属転移(κ-(d-ET)2Cu[N(CN)2]Br)
6.1.1 ダイナミクスと機構
6.1.2 光誘起絶縁体|金属転移の励起波長依存性
6.2 分極クラスターの光成長(κ-(ET)2Cu2(CN)3)
6.2.1 電荷短距離秩序の光励起
6.2.2 誘電異常とダイマー内双極子
6.2.3 テラヘルツ定常スペクトル
6.2.4 電荷の集団励起(E//c)
6.2.5 電子誘電体の光誘起相転移~秩序の融解から構築へ
第7章 光誘起相転移の初期過程
7.1 極短パルスの作り方
7.1.1 時間応答と周波数応答
7.1.2 波長変換によるスペクトルの広帯域化
7.1.3 パラメトリック増幅
7.1.4 自己位相変調
7.2 数サイクル極超短パルスで光誘起相転移の何がわかるのか?~価数制御モデルを超えて~
7.3 見えてきた初期過程;光が物質を変える瞬間の超高速スナップショット
7.3.1 広帯域スペクトルで励起するとはどういうことか?
7.3.2 時間軸振動のウェーブレット解析と時間分解振動スペクトル
7.3.3 はじめの30 fs 電子のコヒーレント振動
7.3.4 ~50 fs;電子と分子内振動の破壊的干渉
7.3.5 >130 fs;コヒーレント分子内振動
7.4 電子間相互作用と電子格子相互作用の役割
第8章 瞬時強電場が拓く固体のコヒーレント極端非平衡
8.1 フロケ状態
8.2 動的局在
8.3 光による電子の局在は可能か?
8.4 二次元有機伝導体における電荷局在と秩序形成
8.4.1 金属|絶縁体転移によるスペクトルの変化
8.4.2 7 fs パルスで見た瞬時強電場の印加
8.4.3 電荷ギャップ振動
8.4.4 振電相互作用
8.4.5 移動積分の減少とクーロン反発
8.5 擬1次元有機伝導体における移動積分の減少
8.5.1 擬1次元有機伝導体(TMTTF)2AsF6
8.5.2 光励起によるωpの減少とγの増大
8.5.3 7 fs瞬時電場による初期応答の観測
8.5.4 移動積分の減少と電子温度上昇のダイナミクス
8.5.5 強電場効果の緩和ダイナミクス
8.6 まとめと今後の展開
参考文献