「生物とは何か?」というタイトルは、「生命とは何か?」という疑問に対して、さらに一段階ステップアップした疑問として設定した。「生命」と言うとき、すべての生物に共通的な分子的メカニズムを想定している。具体的には、セントラルドグマを中心とした生物共通の一連の反応をイメージしている。これに対して、「生物」は進化の結果、非常に大きな多様性を獲得してきた。最近は生物多様性の保存ということがよく言われるようになったが、どのようにして自然に生物多様性が生まれたかは、まだきちんと科学的に答えられていない。また、ヒトの遺伝子の多様性によって個性や病気のリスクが生まれることはわかっているが、これも科学的に説明がついていない。これらの問題に答えるには、「生命」という共通の分子的メカニズムの上に、ランダムな配列の変異の集積によって、生物という物体が設計できるようになったメカニズムを重ねて考えなければならない。著者は、この問題についての考察と研究のプロセスで、現在の生物科学の常識が実は偏見であったり、見方を変えると不可能と思われたことが可能であったりすることに気付いた。柔らかい物質のユニットは大きい(分子量が大きい)とか、ランダム過程もそれに的を設定すれば秩序が生まれるとか、よく考えてみると当たり前のことばかりである。それほど難しい問題ではない。本書では、一段階ステップアップした生物の理解を、一般の人に紹介するためにまとめた。ついでに言うと、専門家にも、常識を少し変えていただくきっかけになればと願っている。
第1章 ゲノムの不思議
第2章 生物の複雑さ
第3章 生物におけるのりしろの設計
第4章 配列中のシグナルとノイズ
第5章 生物における的のあるランダム過程
第6章 進化で変異は十分試されたか?
第7章 新たなる遺伝子変異の仕組み
第8章 病気とは何か?
第9章 生物科学の体系