物理現象の本質を探究し,数学と物理学をより高次の次元で統合・発展させる数理科学―現代数理物理学の基本的特徴を一言で述べるとすればこのようになるであろうか。だが,著者の考える数理物理学は,いま述べた意味での数理科学としての側面だけでなく,厳密な学としての自然哲学,さらには数学,自然科学,芸術の統合をも射程にいれた新しい総合学の基礎を提供するものである。本書は,こうした,より広義の意味での現代数理物理学への前奏的入門書である。
予備知識としては,大学の理工系1,2年で学ぶ程度の微分積分学および行列論,線形代数学に関する知識があればよい。これ以外に必要となる数学については,独立した章あるいは付録として論述した。
本書の叙述の基本的方針のひとつは,古典力学から量子力学まですべてにわたって,その基本原理を定式化するにあたっては,座標から自由な方式―これを著者は絶対的アプローチと呼ぶ―をとることであった。本書に特徴的な点があるとすれば,これがまず,その第一点である。
絶対的アプローチは,単に数学的な見通しをよくするにとどまらず,物理現象の本質を究めるという意味では,必然的であり,不可欠のものである。だが,そのためには,どうしても抽象的にならざるを得ない。しかし,逆に,本書を読破することにより,数学および数理物理学における抽象の高次の意味が体験的にわかるはずである。
いま述べた考え方に従って,まず,第1章~第3章においてベクトル解析の初歩を,また,その自然な延長として,第6章において,テンソル場の理論をそれぞれ,絶対的アプローチで論述する。この場合,代数的構造と計量的構造を峻別して記述し,しかる後に,それらがいかに調和的・有機的に融合して,数学的理念界の特定の領域を形成するか,その存在風景がよく"見える"ように叙述を試みた。
古典物理学―ニュートン力学,電磁気学,相対性理論―の数学的理念の中枢をなすのは,ベクトル解析の理念である。この理念が種々様々に"分節"しながら,諸現象へと向かっていかに"下降"していくか,その構造・有り様を論述したのが第4章(ニュートン力学),第5章(解析力学),第7章(電磁気学),第8章(相対性理論)である。相対性理論に対しては絶対的アプローチによる公理論的定式化を試みた。これは著者が最も力を注いだ点のひとつである。この方法によって,従来になく,相対性理論の数学的構造,その物理的および哲学的含意が明晰にされたと信ずる。
相対性理論とともに現代物理学の根幹のひとつをなす量子力学の数理は,古典物理学のそれよりもはるかに抽象的になる。量子力学が対象とする現象領域の理念を司るのは,無限次元ヒルベルト空間とそこで働く線形作用素たちである。第9章において,これらの対象が形成する数学的理念界の領域の一部を論述し,それが量子力学のコンテクストではどのように現れるかを第10章に記述した。量子力学についても,絶対的アプローチによる公理論的定式化がなされている。これによって,ある種の代数的構造の無限次元ヒルベルト空間表現として量子力学の本質がとらえられることが示される。
(「まえがき」より)