量子統計力学の物理に関する教科書は,国内外を問わず,数多くの出版が成されている。しかし,この量子統計力学の数学的基礎ないし数理に関する書物は,日本には未だ無い状況にある。本書は,この不足を補い,量子統計力学を数学的に厳密な形式のもとに論じることにより,数学的・数理物理学的研究を発展させる礎石のひとつたらんことを目指すものである。数学的準備として,トレース型作用素の理論,ヒルベルト-シュミット型作用素の理論,*代数の理論,C*代数の理論の標準的内容が丁寧に論述される。この部分は,これらの数学分野への入門書として独立に読まれうる。次いで,代数的量子力学が公理論的に定式化され,この観点から,量子統計力学の数理の一般論が展開される。基本的に重要な例のひとつとして,理想ボース気体の理論がたいへん詳しく論じられる。特に,荒木-ウッズの理論やボース-アインシュタイン凝縮の理論の詳しい叙述は他に類をみないものである。また,非平衡統計力学における緩和現象の数学的に厳密な理論の最新の成果も盛られている。さらに,平衡状態の理論と作用素代数の理論における冨田-竹崎理論との関連にも触れられている。各章末に「ノート」の欄を設け,発展的話題や関連する事柄にふれるとともに,文献表も提示し,量子統計力学の数学的・数理物理的研究の入り口への案内書としても役立つよう配慮されている。