本書は大学院レベルの講義に対して書かれた空力音響学の入門的なテキストである。本の前半では,古典音響学の導入から出発して,音響学的アナロジーに基づくライトヒル方程式とカールの式の導出過程がそれらの方程式から見出された放射音の性質と共に説明され,後半では,本書の主題である渦音の方程式の導出が,必要な数学的手法を含め,できる限り詳しく解説されている。
境界のない無限に広がる自由空間での空力音の生成が非定常な渦の運動に起因するのに対し,本書では特に,実用問題でより重要となる,渦の近くに物体がある場合に力点をおき,それらの干渉により生成される音の性質が,音波の波長が音源(物体あるいは渦)の代表長さより十分大きいという低マッハ数流れで一般的に実現されるコンパクト条件のもと,グリーン関数(コンパクトグリーン関数)を用いて調べられている。いくつかの代表的かつ重要な具体的物体形状に対しては,例題や演習問題を通じて繰り返していねいに説明がなされている。
本書で論ぜられている音響学的アナロジーに基づく理論解析の対象は,音源に対する圧縮性の影響が実際上無視しても差し支えない程度の低マッハ数流れに限られるものの,その解析から導かれる結論はまぎれもなく,空力音の生成機構に対して本質的な説明を与えている。これは,この理論が様々な環境や産業応用において重要となる騒音問題に広く応用でき,また,空力音に関する風洞実験や直接数値シミュレーションの結果の解釈にも大いに役立つ。したがって,この種の問題に取り組む研究者や技術者にとって極めて有用な書と言えるであろう。
(Theory of Vortex Sound by M. S. Howe, Cambridge University Press, 2003)